消化器外科 / 食道がんについて
わが国では、年間約2万人の方が食道がんに罹ります。そのなかでも特に50歳以上の男性に多く、喫煙・飲酒が原因といわれています。食道がんは悪性度が高いといわれていますが、人間ドック健診などで早期発見すれば治療成績は良好です。しかし食事のつかえなどの症状がでてから発見された場合にはすでに進行した状態であることが多く、手術を含めた様々な方法で治療する必要があります。
食道の粘膜から発生したがんは、大きくなると深い層(外側)へと広がっていき周囲の気管や大動脈などへ浸潤していきます。また食道の壁内にあるリンパ管や血管にがんが侵入し、リンパ液や血液の流れに乗ってリンパ節や肺などへ転移していきます。
治療方針を決めるためには、がんが食道の壁のどのくらいの深さまで進行しているのか(壁深達度)、がんが他の部位に転移していないか(リンパ節転移・遠隔転移の有無)を調べて、がんの進行度を決定する必要があります。そのため、CT検査や超音波(エコー)内視鏡検査、気管支内視鏡、PET検査などを行います。
食道がんの治療には、内視鏡治療、手術、化学療法、放射線療法などがあります。がんの進行の程度を踏まえ、食道癌取扱い規約(第12版)、食道癌治療ガイドライン(2022年版)に沿って治療方針を選択します。
食道がんの治療方針
早期がん
粘膜内にとどまるがんです(T1a)。なかでもリンパ節への転移の可能性が低いと考えられる症例に対しては内視鏡的切除粘を行います。消化器内科が担当します。
表在がん
粘膜下層までしか及んでいない状態のがんです(T1b)。表在がんといっても20%程度の頻度でリンパ節転移を起こしており、手術あるいは根治的放射線化学療法が選択されます。
進行がん
筋層以深に入り込んだがん、あるいはリンパ節転移を起こしたがんです(StageⅡ-Ⅲ)。現時点での標準治療は、外科療法を中心として、化学療法(抗がん剤)・放射線療法の組み合わせが最も治療効果が高いと言われています。一方で食道がんの手術は侵襲の大きな手術であることから耐術性がない、あるいは手術を希望されない方には根治を目指した放射線と化学療法の併用療法を行っています。この治療で根治を得ることができれば、食道が温存できるため患者さんの負担は手術より少なくすることができます。
他臓器転移を伴うがん
食道以外の臓器(肺や肝臓など)に転移が起こったがん(M1)です。がんが血液の流れに乗って飛び火を起こした状態で、がんが全身に広がっているため手術の適応はないと考えられます。抗がん剤や局所に対する放射線治療が主体となります。
臨床外科学会HPより
食道がんの手術
消化器外科学会HPより
食道は頸部・胸部・腹部と広い範囲に存在するため、それぞれの部位に応じて手術の方法が異なります。標準的な手術は胸部・腹部食道をほぼ全部切除(食道亜全摘術)が行われます。同時に転移が起こりやすい部位のリンパ節の切除(リンパ節郭清)も行います。食道を切除した後、胃を管状に作り直して残っている頸部の食道とつなぎ、食物の通る新たな経路をつくります(再建)。再建臓器では、胃が使えないとき(胃切除術など胃の手術を行っている場合、胃がんを合併している場合)には大腸を使います。再建経路は、胸部の皮膚の下(胸骨前)・胸骨の下で心臓の前(胸骨後)・もとの食道のあった心臓の後ろ(後縦隔)の3通りがあり、それぞれの病態により経路が選択されますが、当院では胸骨後経路を主として行っています。頸部操作では、残した口側の食道と再建臓器をつなぎ合わせます。当院では2013年より腹臥位胸腔鏡下食道切除術を行い、現在ではほぼ100%の症例に採用しています。
※腹臥位胸腔鏡下食道切除術の特徴…従来の開胸手術に比べて創部が非常に小さく整容性に優れます。また腹臥位(うつ伏せ)になることで手術中の視野が格段に良好になるため安全性に優れます。術後の痛みや肺炎の発生頻度が減少するため、早期離床、早期退院が可能となりました。ただし進行度の高い食道がんや癒着(ゆちゃく)の強い症例では従来の開胸手術に移行することがあります。
また、食道は、気管・大動脈・心臓・下大静脈に密接しているために、外膜を越えてがんが進行するとすぐにそれらの臓器へがんが直接に浸潤(進行)してしまいます。これらを他臓器浸潤と呼びます。浸潤した場合は一緒に切除(摘出)することが極めて難しい臓器ばかりで、外科手術の限界とも言えます。しかしながら、手術前にこの浸潤部位を放射線・抗がん剤で治療し、縮小させることができれば、手術による完治も期待できます。こういった特殊な手技が必要だと想定される場合は心臓血管外科や頭頚部外科などとの連携が必要となることがあるため、より専門性の高い施設へ紹介させていただきます。
切除不能食道がんと診断された場合、がんの治療としては手術以外の治療法が選択されますが、症状緩和を目的とした外科的治療が必要な場合もあります。がんが肺や気管に浸潤し瘻孔(穴)ができてまったり、放射線治療後に食道が狭窄してしまった場合など、食事がとれなくなってしまったときに、食事の通り道を別に作る(バイパス)手術を行うことがあります。胸部のがんそのものに対する対処は行わず、頸部食道に細い管状にした胃を持ち上げて新たな通り道を作成します。栄養状態を改善することで化学療法など他の治療が行いやすくなります。
化学療法(抗がん剤治療)
食道がんに対する化学療法の位置づけは2つあります。手術以外の方法として行う場合と、手術前後に手術効果を高めるために行う場合です(補助化学療法)。当院では抗がん剤治療専門医師により管理されたプロトコールに従って抗がん剤治療を行い、切除率と治療効果の向上を目指しています。
放射線治療
食道がんは放射線治療の奏効率が他のがんと比べて高く、患者さんの状態に応じて放射線治療が選択されます。緩和的な治療のみではなく、根治目的での放射線化学療法も行っています。放射線治療科と連携し、放射線治療による副作用を軽減し高い奏効率を得ています。
このように、食道がんに対する治療では、内視鏡・手術(胸腔鏡)・抗がん剤・放射線といった様々な手法を用いた、いわゆる“集学的治療”が必要とされます。また手術により食道がん治療を終えた後も、耳鼻咽喉科、嚥下機能チーム(ST)、あるいは栄養サポートチーム(NST)が患者さん一人一人に的確なケアを行います。
兵庫県がん拠点病院である当院では、食道がんに関わるすべての治療を一つの病院内で完結することができます。当院の最大の特徴は、各科やサポートチームとの間の“横の連携”がスムーズである点にあります。それによりそれぞれの患者さんに、よりよい治療環境を提供できるものと確信しています。