熊谷膠原病リウマチ研究所
熊谷膠原病リウマチ研究所の概要
熊谷膠原病リウマチ研究所は 2010年4月神鋼病院膠原病リウマチセンターの研究部門として設立された。設立時から、熊谷は神戸大学医学研究科立証検査医学講座(シスメックス寄付講座)の客員教授を兼任し、神戸大学との共同研究を推進するとともに、当研究所の充実とスタッフの養成を行い、2012年4月に総合医学研究センターの樹立へと結びつけた。
膠原病や関節リウマチは、遺伝素因と環境因子の関わりにより、いくつかの連続的あるいは非連続的なステップを経て、自己免疫病態が形成され、臨床症状と組織障害が発現し、発症診断に至ると考えられる。近年のゲノムやコホート研究の技術革新は、自己免疫疾患に関わる数多くの遺伝因子や環境因子を明らかにしつつある。
抗CCP抗体や抗核抗体は疾患発症前から陽性であることが知られ、発症前の病態を的確に捉えることは、発症予防や先制治療への道を開くとともに、臨床的には早期診断、増悪や再燃予防にも有用である。一方、遺伝因子や環境因子は個々の患者で様々であり、「病気や病態を知り、その患者に最適の治療を行う」個別化医療の開発と実践をテーマとしている。
研究者
髙橋 宗史 | 熊谷膠原病リウマチ研究所所長 / 膠原病リウマチ科医長 |
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籏智 さおり | 膠原病リウマチ科科長 |
熊谷 俊一 | 総合医学研究センター長/膠原病リウマチセンター長 |
熊谷膠原病リウマチ研究所 所長
熊谷膠原病リウマチ研究所 所長
髙橋 宗史
神鋼記念病院膠原病リウマチ科 医長。
広島大学を平成19年に卒業。⽇本内科学会認定内科医、⽇本リウマチ学会専⾨医・指導医、⽇本リウマチ学会登録ソノグラファー、などの資格を持つ。
主な研究内容の紹介
1.ゲノム解析に基づく関節リウマチの個別化医療研究
- 関節リウマチ治療におけるメトトレキサートの効果 / 副作⽤予測法開発のための多施設研究
- ポリグルタミル化メトトレキサートを指標とした最適使⽤量予測
- ゲノム薬理学的アプローチによる関節リウマチ治療の最適化
- 肥満と関節リウマチの発症や病勢との関連
関節リウマチ (RA) は病態的にもヘテロであり、治療の標的や⽅法も⾮常に多岐にわたる。そのため、オミックスデータや臨床情報に基づき、疾患のサブグループ分けを⾏い、そのサブグループに応じた治療や予防を⽬指し(Precision Medicine)、個々の患者に最適の医 療(Best fitting treatment)を⾏うことが重要と考えている。生物学的製剤やJAK阻害薬などの分子標的薬は有効性が高いが、高価であり感染症合併などの理由で使用できない方も多数存在する。
分子標的薬の必要性を判断し、その患者に最適の治療戦略を構築するためには、プロテオミクスや遺伝子多型などのバイオマーカーを駆使した個別化医療が必須である。アザルフィジンはNAT2、タクロリムスはCYP3A5の多型から有効量の推察ができ、アザチオプリンはNUDT15の多型から副作用の推察ができる。メトトレキサート(MTX)については、ポリグルタミン化MTXを指標にしたファーマコジェネティクスからの研究を行い、10個以下のSNPsでMTXの至適服用量を予測するモデルの作成やMTX代謝関連遺伝子多型が治療や副作用に与えている影響の検討を行っている。また肥満がRA発症や治療効果に与える影響についても研究を行っている。
2.膠原病や関節リウマチの早期診断や個別化医療に有用な新規バイオマーカー開発
- 生物学的製剤の効果や副作用発現における抗薬物抗体の役割と抗核抗体測定の意義
- 偽痛風(CPPD)の発症メカニズムと診断のための新規バイオマーカー開発
- コンピューター支援型免疫蛍光顕微鏡システムを用いた抗核抗体検出法(FANA)の基礎的性能と臨床的有用性の検討
- 自己抗体による発症前診断と発症予防戦略の構築
RAの治療戦略は、メトトレキサート (MTX) をアンカードラッグに、進行性の症例には早期から生物学的製剤を導入し、痛みや炎症を抑え(臨床的寛解)、関節破壊を起こさず(構造的寛解)、支障無く社会生活をおくれる(機能的寛解)ことを目指す。RAは遺伝因子と環境因子の関わりで発症する多因子疾患で、臨床的にも不均質でストレスや感染などが発症の誘因となる。早期発見と早期治療と環境改善を行い完全寛解に導入したうえで、バイオフリーやドラッグフリーを得て、発症前にリセットすることが治癒(cure) への道である。抗核抗体や疾患特異的自己抗体は多くの膠原病やRAの診断確定に欠かせない検査であるが、予後予測および治療薬剤の反応性の予測にも役立つ。また多くの自己抗体は発症前から陽性であることが知られ、自己抗体陽性の時期 (preclinical state)に、何らかの二次要因が関与して発症に至ると考えられている。このような点から自己抗体は、早期診断や先制医療などを考える上で最も重要なコンパニオン診断薬と言える。しかしながら、どのような人がいつ発症するかを予測するためのバイオマーカーの開発は途上であり、その同定が重要である。LE細胞や抗核抗体が発見されたのは1950年前後のことである。その後、間接蛍光抗体法による抗核抗体検査(FANA)はSLEなどの診断基準に組み入れられ、日常診療においても、これらの検査は全身性自己免疫疾患のスクリーニングに用いられている。近年FANAを客観的にimageとして捉え、抗体価や染色パターンを自動的に判断するコンピューター支援型免疫蛍光顕微鏡システム(EUROIMMUN Inc, Germany)が開発された。このシステムは、機器による客観的判定を参照できるため標準化に有用であることは言うまでもないが、画像の拡大処理や多視野での観察が行え、結果の長期保管が可能なため判定がしやすい。核小体や細胞質の染色像もかなり明瞭であり、新しい抗核抗体や細胞質抗体などの発見にもつながるものと期待される。
3.膠原病患者の合併症の予防と治療の研究(他部門や他施設との共同研究)
- 膠原病に合併する肺高血圧症の病態解明や個別化医療に向けてのゲノム薬理学的アプローチ
- 新しい疾患特異的抗核抗体と肺や腎などの臓器障害予測
肺高血圧症は強皮症やS L E患者にしばしば合併するが、予後が悪いことで知られ早期発見が重要である。確定診断には専門医による右心カテーテル検査が必須であるが、行える施設は限られる。そのため血液検査や心エコー検査、呼吸機能検査などを用いて肺高血圧症のリスクがある患者を抽出することが重要である。さらに肺高血圧症の治療薬は高価であり副作用も多いことから、使用前に効果や副作用出現が推察できることが望ましく、ゲノム薬理学的アプローチによる検討を行っている。また早期診断を目指して、マルチプレックス法を用いた疾患特異的抗核抗体や抗好中球細胞質抗体の多項目同時測定法の開発検討も進めている。
2018~2023年度 研究業績
- Nishida M, Saegusa J, Tanaka S, Morinobu A. S100A12 facilitates osteoclast differentiation from human monocytes. PLoS One. 2018 Sep 20;13(9): e0204140.doi:10.1371/journal. pone. 0204140.
- Yorifuji K, Uemura Y, Horibata S, Tsuji G, Suzuki Y, Miyagawa K, Nakayama K, Hirata K, Kumagai S, Emoto N: CHST3 and CHST13 polymorphisms as predictors of bosentan-induced liver toxicity in Ja p a n ese p atie n t s wit h pu lm on ary art erial hypertension. Pharmacol Res, 135(2018): 259-264.
- A. Onishi*, M. Nishida, M. Takahashi, Y. Yoshida, M. Kobayashi, S. Kamitsuji, M. Kawate, K. Nishimura, K. Misaki, Y. Nobuhara, S. Hatachi, T. Nakazawa, G. Tsuji, S. Kumagai: The Genetic And Clinical Prediction Models For Efficacy And Hepatotoxicity Of Methotrexate In Patients With Rheumatoid Arthritis. Ann Rheum Dis 77(Suppl 2):904.1-904. DOI: 10.1136/annrheumdis-2018-eular.5239
- 髙橋未帆、西田美和、辻剛、上村裕子、森あやの、柴田美帆、齋藤敏晴、千藤荘、篠原正和、熊谷俊一:関節リウマチにおける赤血球中ポリグルタミル化メトトレキサート測定の意義. 臨床病理. Rinsho Byori, 67:433-442, 2019.
- Yamasaki G, Okano M, Nakayama K, Jimbo N, Sendo S, Tamada N, Misaki K, Shinkura Y, Yanaka K, Tanaka H, Akashi K, Morinobu A, Yokozaki H, Emoto N, Hirata KI. Acute Pulmonary Hypertension Crisis after Adalimumab Reduction in Rheumatoid Vasculitis. Intern Med. 2019 Feb;58(4):593-601.
- Soshi Takahashi, Jun Saegusa, Akira Onishi and Akio Morinobu. Biomarkers identified by serum etabolomics analysis to predict biologic treatment response in rheumatoid arthritis patients. Rheumatology (Oxford). 2019 Dec 1;58(12):2153-2161.
- Onishi A, Kamitsuji S, Nishida M, Uemura Y, Takahashi M, Saito T, Yoshida Y, Kobayashi M, Kawate M, Nishimura K, Misaki K, Nobuhara Y, Nakazawa T, Hatachi S, Tsuji G, Morinobu A, Kumagai S: Genetic and clinical prediction models for the efficacy and hepatotoxicity of methotrexate in patients with rheumatoid arthritis: a multicenter cohort study. Pharmacogenomics J, published online: 03 Dec 2019; doi: org/10.1038/s41397-019-0134-9
- Ikuta K, Ota Y, Kuroki S, Matsumoto Y, Senda E, Mukohara S, Takahashi S, Monden K, Fukuda K, Ashida : Development of disseminated tuberculosis with intestinal involvement due to adalimumab administration despite latent tuberculosis treatment. Intern Med, 59: 849-853, 2020.
- Ryanto, G.R.T., Yorifuji, K., Ikeda, K., and Emoto, N: Chondroitin sulfate mediates liver responses to injury induced by dual endothelin receptor inhibition. Can J Physiol Pharmacol. 2020; 98(9):618-624. doi: 10.1139/cjpp-2019-0649.
- Yorifuji, K., Uemura, Y., Horibata, S., Tsuji, G., Suzuki, Y., Nakayama, K., Hatae, T., Kumagai, S., and Emoto: Predictive model of bosentan-induced liver toxicity in Japanese patients with pulmonary arterial hypertension. Can J Physiol Pharmacol. 2020; 98(9):625-628. doi: 10.1139/cjpp-2019-0656.
- Takahashi S, Mukohara S, Hatachi S, Yamashita M, Kumagai S: A case of myositis with dropped head syndrome and anti-titin antibody positivity induced by pembrolizumab. Scand J Rheumatol. 2020, 49(6):509-510.
- 柴田美帆、齋藤敏晴、森あやの、髙橋未帆、林秀敏、松田武史、天野典彦、吉田克之、高橋宗史、籏智さおり、熊谷俊一:MPO-ANCA、PR3-ANCA、抗GBM抗体の3項目同時測定マルチプレックス法(BioPlex® 2200 Vasculitis Reagent Pack)のANCA関連血管炎での性能評価. 臨床病理. 68(11):889-898, 2020.
- Yorifuji K, Uemura Y, Horibata S, Tsuji G, Suzuki Y, Nakayama K, Hatae T, Kumagai S, Emoto N: Predictive model of bosentan-induced liver toxicity in Japanese patients with pulmonary arterial hypertension, Canad J Physiol Pharmacol, 2020, Sep;98(9):625-628. doi: 10.1139/cjpp-2019-0656.
- Mori A, Saito T, Takahashi M, Shibata M, Tsuji G, Hatachi S, Takahashi S, Kumagai S: Presence of anti-nuclear antibodies is a risk factor for the appearance of anti-drug antibodies during infliximab or adalimumab therapy in patients with rheumatoid arthritis. PLOS One 15(12): e0243729. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0243729
- 宮田 學、熊谷俊一、佐治英郎、上田國寛、小柴賢洋、荒川泰昭:比色法による血清亜鉛基準値. 亜鉛栄養治療 (J Zinc Nutrit Ther) 11(2):299-307, 2021.
- Amano N, Takahashi S, Hatachi S, Kumagai S: Usefulness of position emission tomography/computed tomography in a case of sarcoidosis with multiorgan involvement. Clin Case Rep. 2022; 10:e05358.
- Yoneda K, Takahashi S, Nakayama K, Iwahashi M, Emoto N, Kumagai S: Combination of echocardiography and pulmonary function tests could predict no complication of pulmonary hypertension during 5 years in patients with systemic sclerosis. Int J Rheum Dis. 2023 Mar;26(3):493-500.
- Yamaoka T, Takahashi S, Ijuin K, Nagai H, Kumagai S: A case of pemphigus vulgaris with folliculitis-like nodules, genital ulcers, and oral ulcers difficult to differentiate from Bechet’s disease. Clin Exp Rheumatol. in press.
2018~2023年度 総説など
- 熊谷俊一: 抗体研究の歴史と臨床への応用 . –ノーベル賞の業績はどのように医学の進歩・ 発展に貢献したか -. ノーベル賞と医学の進歩・ 発展 (泉 孝英 編、公益財団法人 京都健康管理研究会、 2018 年 3 月発行).
- 熊谷俊一: 膠原病医療のあゆみとこれから . 明日への道(関西ブロック版)144: 40-53, 2018.
- 熊谷俊一: 臨床検査という強い武器を手にしたシャーマンは? (随筆) . モダンメディア . 通巻 750 号記念随筆集 . p.150−151 (栄研化学株式会社 モダンメディア編集室 2018 年8 月発行)
- 熊谷俊一: 病棟管理栄養士のための臨床検査ファーストガイド . Part 2. 検査項目別 検査値の意味と読み方のポイント . 自己抗体検査 . 臨床栄養 . 133 (4):462-465, 2018.
- 熊谷俊一:第2 章 症候 41. 関節痛、臨床検査のガイドライン JSLM2018. (編集: 日本臨床検査医学会ガイドライン作成委員会)、 宇宙堂八木書店(東京)、 2018 年 12月 31 日発行 .231-216 頁 .
- 髙橋 宗史,三枝 淳.メタボローム解析による関節リウマチの治療反応性予測バイオマーカーの同定.リウマチ科,64 (6) : 720-727, 2020.
- 熊谷俊一:ティールーム「患者さんに教えていただいたこと」炎症と免疫 30(1):115-117, 2022.
- 熊谷俊一、小柴賢洋:第Ⅳ章 生理活性物質. 8 サイトカインとケモカイン サイトカイン、NEW 薬理学 改訂第8版(編者:田中千賀子、加藤隆一)2023 印刷中。